Vol.95 _ 鈴鹿市

A of 4C 邸

MESSAGE FROM 鈴鹿市「A of 4C」邸のオーナー様

やっとできた家の住み心地はとっても快適です。ミスターローレンス。
音楽、映画オタクである夫婦が家を作ろうと思った時に、まず頭に浮かんだのは、いわゆる「建築」という考え方。色々高名な建築家の本やモダニズム建築の本(もちろん写真多め)を読み漁ることでした。ビジュアルイメージを膨らます。どれもかっこいい。とくにソリッドな感じが。バウハウスかっこいいよね。これってとっても男性的。


夫は、思想的なものを読み、「建築とは社会運動の一形態なんだ」と頭に詰め込み、頭でっかちの頭をどんどんデカくしていく。 一方、「家」なんだから住み心地が最優先であって、それでもって最近の市場動向にて家を建てる理由の第1位を独占する「寒いので建て替える」というのが出発点だったので、家の断熱にはかなりこだわりたい。冬でも暖かい家が欲しい。これは女性的。冷えは女性の敵でありまして・・・。地に足の着いた妻は、どんどん地に足をつけていく。 そして間取り。開放的なのもいいけど、家族のプライバシーも大事。おひさまさんさんだけではなく、影の部分も。という二律背反的な感じ。夫婦の意見も二律背反・・・・。


ハウジングセンターは子供の遊ぶ場所があってよいので、まずはハウスメーカー数社にアプローチ。やたら構造の話が多い。地震怖いもんね。耐震は、家づくりの最重要課題なのですね。ほにゃらら工法は、こんなに耐震性能が高くてしかじか・・・。保証が何年も続いてほにゃらら。しかし、聞いていても他社との比較ができません。みんな自分のところのデータを出してるし。そして次に間取りやデザインの話。何回も通っていると自分でも平面図書けそうな気にもなってくるし、決まってシンプルモダンですねって言われる。色々行ったが、行けば行くほどなんか違うという感覚が強まってくるのでした。 やっぱり建築家しかないよねと思っていましたが、設計事務所のチャイムを鳴らすのはハードル高いし、そもそもどこにいるかもかもわからないし、チャイムないかもわからないし・・・。


そんな中、建築家を紹介してくれるというASJを知り、イベント会場へ。普段なら入会金が3万掛かるが、イベント開催中につき1万という触れ込み。なんか胡散臭くないかと思いながら、そこで剛力彩芽似の好青年、我が家完成の立役者、営業の桂山さんと出会いました。夫婦のこだわりもなんとなく理解してくれているような。あまり断言しない姿勢も好感を持てました(いままでいっぱいいたね、妙に自信ありげに断言する営業マン)。売りたいのか売りたくないのか?と思いながら、建築の本借り放題という特典に負け1万円の投資はいいかと思い入会したのでした。


その後、桂山さんからアトリエボイドセット伊藤先生の紹介を受けました。妻の頭をよぎったのは寒さへの不安。だって、ボイドって吹き抜けって意味で、それをセットするってどうなんだろう。  最初に伊藤先生に伝えたのは、夫からは住宅や家族に関する概念的な話、妻からは家事導線や空調等実生活的な話。後はデザイン。夫は思想的な部分からバウハウス、妻はマンチェスター、とほとんど意味不明な意匠的こだわりを良く理解してくれたのかしてくれなかったのか。家のイメージとして渡した写真には、ミッドセンチュリー時代のブラウン社製のラジオ。妻は「デザインとしてこれが完璧なんです」とラジオの写真を見せながら、「こんな家がいい」と力説。ラジオと家って・・・・と思いながら、複数の矛盾をはらんだオーダーにどうこたえるのか、伊藤先生。


一番最初のプランでは、家に階段が3つあるやら、床がモルタルやらというものでした。
夫は気に入り、妻はドン引き。ここがどうも最初の山場であったようで、後日、妻曰く、「この先生はないと思った」とのこと。ただ、その後、大小の修正を加えながら、毎回伊藤先生との打ち合わせでは、トムとジェリーの如く対立する夫婦を桂山さんが取り持ち、長時間打ち合わせ。子供はすることがないので、ニンテンドーDSをしている。気がつくと午前中の打ち合わせもあっという間に時間がたって、一緒にお昼に行くと、桂山さんは何かと大盛りを頼み、伊藤先生はカレーうどんをチョイスするのが多いということもわかってきました。そしてコーヒー&シガレッツ。


そうこうしている間に、土地も決まり、予算も決まり、図面も決まり、地鎮祭の日程も決まり、上棟式も決まり、と進んでいきました。


建築過程のほぼ全部に関わったことで、たくさんの事がわかりました。
例えばこんなこと。我が家担当の棟梁にこんな質問をしてみました。夫「建築家の建てる家とハウスメーカーが建てる家、どちらの家の方が建てやすいですか」。棟梁「ハウスメーカー」と即答。続けて、「建築家の家は手間がかかってしょうがない。図面を読む力も必要やし、それを実現させる技術力も要求されるから」。それに対し、夫「では、今の現場はあまり面白くないですか?」。棟梁「全く逆です。技術が要求されるという事は、いわいる職人としてスキルを存分に発揮できるということ。それがやりがいになると言うかなんというか。昔は簡単な住宅を建てる方が数もこなせるし良いと思っていたけど、今はこんな建て方も面白いと思う。大変やけど」。なるほどそういう感覚もあるのか、それって自分の持っている技術を存分に使って挑んでいるという事であって、その技術に支えられた家が、良い家といわずなんというと妙に歓心を得たのでした。


また、こんなことも聞きました。上棟式での出来事(1日で屋根までできる)を目の当たりにして、夫「家って建てようと思ったら、どれぐらいの期間が必要なんでしょうか?」。棟梁「人数を掛ければあっという間に立てることはできると思う。ただ、それだと施主さんがかわいそうに思う」。夫「どうしてですか?」。棟梁「だって、迷う暇がないし。家っていろんな思いがあるやろ、建てるのに。間取りもそうだし、デザインも。早く作るという事は、最初に決めたもので出来上がるという事。最初の頃に思っていたものと、家が出来てきて感じるものもきっと変わってくる。その時には止まることも必要。その中断、迷いが出来上がったときの納得を生んでいくようにも思う。あんまり迷い過ぎなのも困るけどね・・・」。この言葉は、迷いに迷い、どこで迷ってるのかさえもわからなくなるぐらい迷いきっている夫婦にとって、賛歌のようにも聞こえるのでした。やっぱり建築家の人の家を建てる大工さんはいう事が違うね。


家が完成に近づき、図面ではわからなかった面白い空間構成に驚く半面、伊藤先生にこんな質問をしてみました。夫「だいたいこんな感じに出来上がるとおもっていましたか?」。伊藤先生「9割がた」。想像がつかない中で模索している夫婦とは対照的に、完全にコントロール下においている伊藤先生。デザインの事で悩んでいる時に伊藤先生から飛び出す「ぜんぜんいいと思います。ありだと思います。」というフレーズ。そのフレーズに妙な安心感があり、伊藤先生が選んでくるもののほとんどが、超感覚的な妻のテイストに合致するという事実。建築家最大リスペクトの瞬間でした。


そして、出来上がった家はというと、非常に隙間!!があるという事。この隙間って、立てつけが悪く、隙間風がぴゅーぴゅー入ってくるって意味ではなく、各部屋やリビングの縛りが緩やかという意味。住み手の意図によって割と自由に扱えるという事。これってやっぱりアクティビティーが増す仕掛けってことですかね。と本で読んだ知識を思い起こしながら、体感している面白さ。


また、片づけが出来ない私たち夫婦に対して、伊藤先生が出した答えは、ごちゃごちゃを許容してくれるようなつくり。もちろん片づけができるに越したことはないのですが、それでも家に物は多い。なかなか物を捨てられない夫婦にとって片づけは難敵。間取りで考えると広いスペースがあればあるほど、物が目立つ。なんでも隠すのはいいけど、冷蔵庫や電子レンジって隠す方が面倒ではないか。生活用品がそのまま出ていても、それをも内包できるような意匠的アプローチ。我が家はまさにそれを物語っているように思います。


今、家のデスクでこの文章を書いていますが、ソリッドな感じを追求してきた我が家も、選びに選んだ家具(ダイニングテーブルとワークデスクはボイドセット製)とマッチングするとほっこり系になり、生活感をにじませています。だって実際、生活しているのですもの。


ここに挙げたのはほんの一部で、夫婦とも家づくりではいろんなことを考え、学びました。伊藤先生、笹江さん、桂山さん、川島さん、アキラさん、アニキ、その他、我が家の建築に携わってくれたすべての人に感謝します。皆様にとってWINWINであったことを祈ります。有難うございました。

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